勇愛の小説

 結構前に書いていた勇愛の短編を発掘したので加筆修正して載せることにしました。読み返すといろいろと恥ずかしいところ満載で悲鳴を上げかけましたがもったいない精神でなんとか加筆修正しました。楽しんでいただければ幸いです♪

才能

 ゆうじろう、と小さく呟く。俺たちのことを待ってくれている人たちの歓声は舞台袖であるここにまでしっかり届いていて俺の声などすぐ掻き消えてしまいそうだったが一応聞き取ってくれたらしき俺の相方は少し硬い表情で短い返事をした。

「何」

 別に、何か特別言いたいことがあったわけではない。少し不安で、その不安をどうにか打ち消したくて話しかけてしまっただけ。だから「なんでもない」と言うしかなくて、俺の発した言葉は意味を持たないただの雑音へと成り代わった。

「じゃ、呼ばないでよ。全くバカなんだから」

「はぁ?」

「ほら、行くよ」

 ステージをきっと睨む。その瞳をうつくしいと思う。

 きらきらと輝くステージ。俺たちがその上に立ちたいと願い続けた、ステージ。そのステージに、あと数歩、あとほんの少しで届く距離。この距離が好き。

「ほ〜ら、行くよってば」

 手を引っ張られて、ごめんと言いながらステージの上に足を踏み入れる。

 スリー、ツー、ワン。

「こんにちは〜っ! 初めましての人は初めまして、久しぶりの人は久しぶり! 俺たちが目当てで来てくれた人も、他のアイドル目当てで来てくれた人も、楽しませちゃうよ〜っ?」

 声を張り上げて、観客席に座る観に来てくれた人たちのことを見る。今日は俺たちだけのライブじゃなくて、色んなアイドルが出演するイベントだから、俺たちのファンの人もいれば俺たちのファンなんかじゃない人たちだっている。それはやっぱり少し怖くて、どうしても声は不自然なほど高く、かすかに震えてしまう。

 前のライブの空気を引き摺ったように興奮冷めやらぬ会場内を見つめながら、この興奮を冷めさせてしまったら、なんて考えてしまい、一瞬背中がひやりとした気がした。

「じゃあ早速一曲目行くよ!?」

 勇次郎が叫ぶと観客席に座る皆も呼応するようにお〜! と口々に叫んだ。ペンライトが振られ、まるで光の海だ。隣にいる相棒が声を発したことによって、俺はほんの少しの安堵感に包まれる。

 イントロが流れ始めて、俺たちも踊り始める。何回も練習した曲。何回も、何回も──。

 最初こそ息が全く合わなかった俺たちだけど、何回も二人で踊るうちに少しずつ合ってきて、今では大分ぴったりなんじゃないかなと思っている。まぁ、こんなところで立ち止まるような俺じゃないけど。俺は、もっと高みを目指す。

 歌の途中、ふっと勇次郎と目が合って、その目が「余計なこと考えてるよね」と責めるように俺の目を射抜いたから、うっと目を逸らしてしまった。

 ライブが終わって、ステージから降りる。名残惜しいけど次のアイドルの出番。衣装の袖で汗を拭っていると涼見が「こっちで拭いて!」とタオルを投げてきた。「おう」タオルをキャッチするとそのあとすぐ隣からバカにしたような笑い声が聞こえてきた。

「んだよ」

「衣装の袖で汗拭くとか頭おかしいの?」

「はぁ!? 喧嘩売ってんのか」

「別に? ただ、大事な衣装で汗拭くなんて……と思っただけ」

「汗がベトベトして気持ち悪かったんだよ」

 言い訳するように言って、ふんとそっぽを向く。どうしてこんな突っかかってくんのかな。ダンスは合ってきても、性格は合わないままだ。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 俺は涼見にまたタオルを返すと、歩き出した。

「あ、そう」

 用を済ませ、トイレから出て少し歩いたあと突然知らない男性がすれ違いざまに「才能があるやつはいいよな」とボソッとつぶやいたのが聞こえた。

「は?」

 どういうこと。俺に向けて言われた言葉?

「何ですか」

 よくよく見るとスタッフの着るTシャツを着ていた。

「や、さっき言った言葉──」

「はい?」

「才能があるやつはいいよな、ってどういう意味っすか?」

「別に……。あなたには関係ないのでは」

「関係なくないんじゃないですか」

 関係ないなら、その瞳の奥に隠し持ったそれはなんだ。ぐつぐつと煮えたぎる黒いそれはなんだ。俺は知っている。俺は知っている、それの正体を。だってそれは俺も同じように何回も何回も抱き隠し持ち沸騰させてきたもの。懐かしいご対面だなぁ、おい。

「あ、あなたには! 永遠にわからない」

「バカにするな!」

 掴み掛かろうとした、その瞬間。俺の手首は目の前の男ではない、誰かの手に掴まれていて。

「すみません、うちの愛蔵が」

 バッと振り向くと、まぁ予想通り。俺の相方が俺の手首を握ったままにっこりと笑って立っていた。それも、怒りの匂いを纏わせて。

 ほら、行くよ。そう言われ、なんとなくおもしろくないような気持ちでは〜いと小さな声でつぶやいた。まるで拗ねた子どもだ、と思って少し恥ずかしくなる。恥ずかしくなってから、ほんの少しだけ後悔する。あ〜やだな〜、と思う。やだな〜、と思ってなんとなく不機嫌になる。

 勇次郎に手を引っ張られ、引きずられるようにして歩く。何の気なしに彼の名を呼ぼうと思って声を出すとまだ名前を全て言ってすらいないというのに途中で遮られるように手首を握る力を強められた。

「っちょ、痛いって」

 大分力任せに握ったと見え、俺への配慮はゼロ。あ〜あ、跡着いたらどうするんだよ。責任取れよな〜この馬鹿野郎。

「黙ってなよ」

 振り向きもしないことになんだかイラつくし握る力を弱めようとする素振りが一切ないことにもイラつく。

「あ?」

 黙ってなよ、と言われたくせに勝手に低い声は俺の口から出てきた。まぁ端から勇次郎の言いなりになるつもりはなかったのだけれども。

 はぁ、と前方から深いため息が聞こえてきた。そしてさっきまでは頑として後ろを向こうとはしなかった勇次郎が突然振り向き、俺の方に向き直った。俺の手首は握ったまま、でも少し力を緩めて。

「いろいろと言いたいことはあるんだけどさ、まずは僕にありがとうを言ってないのはどういうわけ?」

「はい?」

「さっき僕が止めてなかったらお前のアイドル人生どうなってたと思ってんの? 高校生アイドルがスタッフに掴み掛かって暴走──スキャンダル確定なんだけど。あともしそうなってたらどう考えても僕にも影響が及んでた。ごめんは? ねぇ愛蔵、僕お前からのごめんとありがとうを聞いてないな」

 口許は笑っているのに目は笑っていない。勇次郎の言うことは正論だと思った。でもなんだかごめんもありがとうも言う気になれなくて、口は動かないまま。時間が止まったように、永久の時間が流れたように思えた。沈黙を打ち破ったのは勇次郎の見た目の割に低い声だった。

「おい」

 怒りのほのお。その青い炎を、勇次郎の青みがかった瞳に見つけ出した気がした。炎っていうのは、約10000度を超えると青く燃え上がるものらしい。普通の炎の熱さを遥かに超越した熱を持ちながら、それでいて真っ青な。青い、青い炎を瞳に灯らせて、彼は再度口を開く。

「黙ってないで答えてって言ってるんだけどな」

 俺は気迫に押され、とうとう口を開くことになる。あ〜あ、俺の相方怖すぎ。なんでこんなに怖いんだろ。

「えっと、迷惑、かけて、ごめん、」

 俺が吃りながらなんとか謝辞の言葉をすべて口から出そうと奮闘していると、まるで俺を急かすようにまた目の前の男は手首を握る指に力を入れた。

「それと、助けてくれて、ありがと……

「はい、よくできました」

 青い炎がようやく消えかかってきた勇次郎に、少しの安堵と少しの疲労。あとめんどくせ〜なコイツって気持ち。

「で。もうこういうことは、二度とやらない?」

 少し押し黙り、数秒経過。言わないとまた瞳の青い炎がメラメラと燃え上がる気がして、ほんの少し目を逸らしながら頷く。

「はい……

「よくできました、百億万点プレゼント。」

 勇次郎の瞳から青い炎が消えかかったところで、俺はもう一度口を開いた。

「なぁ勇次郎、才能ってなんだろうな」

……さぁ、知らない。」

……

「ほら、行くよ」

 先程のライブ前のように勇次郎はそう言う。また同じことを繰り返し手を引っ張られる前に頷いて歩き出した。

 才能、か。アイドルの、才能? たぶんだけど、俺たちにはあるんじゃないかな。でもさ、勇次郎。もしも俺たちに才能がなかったら──、なんて。たらればの話をしたってしょうがない。俺たちにはアイドルしかなかったんだ、それでいいんだろう? 才能の意味だとか、ありかだとか、そういうの全部、今だけはどうでもいいんだろう?

 あのスタッフの人に、どうしてあそこまで俺は狂ったように怒ってしまったのか。今になってようやく分かる。あの瞳を見た途端既視感が押し寄せて、自分の弱い、醜い、汚いところを覆い隠してしまいたい、と思ってしまったのだ。衝動的な、怒り。自己防衛心から生まれた、自分によく似た彼を自分の視界から排除してしまいたいという気持ち。歪んでしまった同族嫌悪。ごめんなさい。俺に似た、もしかして未来の俺だったかもしれないあなたへ最大限の謝罪を。

 そして、衝動的に怒りを放ってしまった自分へ、戒めを。